自育自食、分福余白。
自分で育て、自分で食べる。
そこから生まれた実りや喜びを、誰かと分かち合う。
そんな小さな循環から生まれる、
暮らしに、余白と気づきを。
今、余白をつくる。
而今余白
暮らしに、余白と気づきを。
日々、気づけば予定や情報でいっぱいになります。
仕事、家事、子育て、スマートフォン、SNS、ニュース。そこには、役立つ情報もあれば、誤った情報や不確かな情報も混ざっています。便利になったはずなのに、なぜか時間に追われ、何を信じればいいのか分からなくなることもあります。そんな暮らしの中に、ほんの少し立ち止まれる時間が必要。
土にふれる。野菜を育てる。季節の変化に気づく。自分でつくったものを食べる。家族や誰かと、同じ時間を過ごす。
「きょうのよはく」は、そんな時間を大切にしています。
何かをたくさん増やすのではなく、少し減らしたり、立ち止まったり、自分でやってみたりすることで生まれるもの。
暮らしの中に小さな余白をつくりながら、自分たちの暮らしを、自分たちの手で少しずつつくっていく。
それが、「きょうのよはく」の出発点です。
「余白」とは
ここでいう余白は、単なる「暇」や、何もしない時間のことではありません。
自分で立ち止まり、考えたり、感じたり、遊んだりするための、心と時間の余裕です。
予定と予定の間にある時間。考えるための時間。遊ぶ時間。失敗する時間。寄り道する時間。
すぐに答えを出さず、少し考えてみることも余白です。
野菜を育てていると、思い通りにならないことがたくさんあります。
種をまいても芽が出ない。雨が続く。虫に食べられる。同じように育てても、去年とは違う。
自然には、こちらの都合はあまり関係ありません。
だからこそ、一度立ち止まり、よく見る。
土はどうなっているのか。野菜は何を求めているのか。今の暮らしに、本当に必要なものは何なのか。
その「考えるすきま」も、余白のひとつだと考えています。
何か特別なことを始めなくてもよくて、
- 少し外に出て歩いてみる。
- 季節の野菜を食べる。
- 土に触れてみる。
- スマートフォンを置いて、ぼんやりする。
そんな小さなことからでも、余白は生まれます。
忙しい毎日の中に、自分や家族、大切な人、自然と向き合う時間を少しだけ。
今、余白をつくる。
自分で育て、自分で食べる、
そして誰かと分かち合う。
自育自食、分福余白。
きょうのよはくでは、自分で育て、自分で食べる。
そんな暮らしを、「自育自食(じいくじしょく)」と名づけました
すべての食べものを自給する必要はなく、ベランダでネギを育てる。
プランターでミニトマトを育てる。畑で季節の野菜を育てる。
ひとつでも、自分で育てたものを食べてみる。それだけでも、食べものの見え方は少し変わります。
種や苗を選び、土に植え、水をやり、育つ様子を見る。
食べるまでの過程を知ることで、食べものは「買うもの」だけではなく、「育てることもできるもの」になります。
完璧な自給自足を目指すのではなく、暮らしの中に少しだけ「自分でつくる」を取り戻す。
自育自食は、そのための小さな入口だと考えています。
そして、自分で育てたものを自分で食べるだけでなく、その実りや喜びを誰かと分かち合う。
そんな分かち合いから生まれる余白を、「分福余白(ぶんぷくよはく)」と名づけました。
自育自食から、分福余白へ。
その先に生まれるのが、暮らしの「余白と気づき」です。
野菜や土を育てることから始まった小さな循環が、人と人へ、そして暮らしへと広がっていく。
それが、きょうのよはくが大切にしたい暮らしのかたちです。
なぜ、農なのか
農は、食べものをつくるためだけのものではありません。
ひと粒の種をまき、芽が出て、育ち、花が咲き、実がなり、それを食べる。そこには、土、水、太陽、微生物、虫、季節、人の手など、たくさんのものが関わっています。
天気も、土も、生きものも、自分では完全にはコントロールができないからこそ、観察し、考え、試してみる。
うまくいってもいかなくても、また考える。
農には、私たちが少し忘れかけている「自分で考え、自分でつくる」という感覚があります。
だから「きょうのよはく」は、農をひとつの入口にしています。
そして、農にも自然栽培、自然農、有機栽培、慣行栽培など、さまざまな育て方があります。
「きょうのよはく」では、ひとつの方法だけを正解ではなく、また型にはまる必要もないと思います。土地も、気候も、野菜も、育てる人の暮らしも環境も違うからこそ、目の前の土や野菜を見ながら、「なぜそうするのか」を自分で考える。
その考え方を、「よはく農」と呼んでいます。
また、きょうのよはくが大切にしているのは、農だけではありません。
食、健康、自然、子どもとの時間、学び、ものづくり、防災、お金、音楽、テクノロジー。
一見すると別々に見えるものも、すべて暮らしの中でつながっています。
農を入口に、いろいろなものに触れながら、自分に合う暮らしをつくっていく。
そんな場所でありたいと考えています。
現在地とこれから
| 農 | 自給畑 | ◎ |
|---|---|---|
| こども畑(畑はもちろん、アスレチック・砂場・縁日・絵本喫茶・駄菓子屋など、子どもの居場所づくり) その他にも、貸スペース・キッチンカー・カフェ・コワーキング・昼寝スペース・マッサージなど。 まずは畑から!!その他に珈琲豆の栽培も興味があります。 | △ | |
| 育 | 野菜を育てる | ◯ |
| 学 | 小さな野菜教室・セミナー・体験・親子体験・各種イベントetc | △ |
| 読 | 野菜を育てる | ◯ |
| 農の余白(note) | ◯ | |
| 絵本(デジタルコンテンツ) | △ |
◎ 稼働中 ◯ 公開・更新中 △ 構想・妄想中
これから目指すこと
「きょうのよはく」は、まだ未完成です。
おそらく、これからもずっと未完成です。
畑で野菜を育てながら学び、その経験を「野菜の育て方」や「農の余白 」として残していく。
自給畑で実践しながら、いつか子どもたちが自由に土にふれられる「こども畑」へ。
親子で参加できる体験やワークショップ、暮らしに役立つ学びの場へ。
そして、その先には、農や食を中心に、人がゆるやかにつながれる場所もつくっていきたいと考えています。
今の言葉でいえば「コミュニティ」に近いのかもしれません。
でも、誰かひとりを中心に考え方をそろえたり、同じ答えを共有したりする場所ではなく、それぞれが自分で考え、自分で選びながら、必要なときには助け合えるような場所。
個で立つ。でも孤立しない。
つながる。でも依存しない。
年齢や性別、職業、立場に関係なく、価値観や興味をきっかけに、フラットにつながれる。
そんな、余白のあるつながりを少しずつ育てていきたいと思っています。
最初から大きなものをつくるのではなく、できることから、ひとつずつ。
育てながら、考える。
試しながら、変えていく。
畑で野菜を育てる。子どもと土に触れる。知らないことを学ぶ。誰かと話す。音楽を楽しむ。新しいものをつくってみる。
そんな小さな体験を重ねながら、一方的に答えを教えるのではなく、自分で見て、感じて、考えるきっかけをつくる。
子どもにも、大人にも。
忙しい毎日の中に、ほんの少し立ち止まれる時間と居場所を。
土にふれ、今、余白をつくる。
余白があるからこそ、立ち止まり、感じ、考え、小さな気づきが生まれる。
きょうのよはく自体も、畑と同じように少しずつ育てていきます。
