
植物は、人や動物のように脳や神経を持っていません。
それでも、光の方向へ茎を伸ばしたり、根を土の中へ伸ばしたり、乾燥すると気孔を閉じたり、季節を感じて花を咲かせたりします。
こうした生長や環境への反応を調節しているものの一つが、植物ホルモンです。
植物ホルモンとは、植物の体内でつくられ、わずかな量で細胞や器官の働きを調節する物質です。
植物ホルモンは、単独で一つの命令を出しているわけではありません。
複数のホルモンが互いに影響し合いながら、「どこを伸ばすか・どこに根や芽をつくるか・いつ発芽するか・いつ花を咲かせるか・いつ実を熟させるか・乾燥や傷にどう対応するか」などを調節しています。
植物ホルモンは「命令」ではなく「調節役」
同じ植物ホルモンでも、つくられる場所や濃度、生育段階によって働きが変わります。
例えばオーキシンは、茎では細胞の伸長を促しますが、根では濃度が高すぎると伸長を抑えることがあります。
また、オーキシンとサイトカイニンの量や働きのバランスによって、根ができやすくなったり、芽ができやすくなったりします。
植物の生長は、一つのホルモンだけで決まるのではなく、複数のホルモンと、光・温度・水・養分などの環境条件が組み合わさって決まります。
オーキシン
オーキシンは、主に茎の生長点や若い葉、発達中の種や実などでつくられる植物ホルモンです。
主な働き
- 茎の細胞を伸ばす
- 根ができるのを促す
- 脇芽の生長を調節する
- 光や重力に反応して伸びる方向を調節する
- 実の生長に関わる
- 維管束(いかんそく)の形成や傷口の修復に関わる
オーキシンは、茎の先端から下方へ向かう極性移動(きょくせいいどう)と呼ばれる仕組みによって運ばれます。
ただし、重力に引かれて下へ流れているわけではありません。
植物が傾くとオーキシンの分布に偏りが生まれ、左右の細胞で伸び方が変化します。
その結果、茎は上へ、根は下へ向きを変えながら生長します。
栽培との関係
茎の先端にある生長点では、オーキシンの働きによって脇芽の生長が抑えられています。
摘心(てきしん)によって生長点を取り除くと、この抑制が弱まり、脇芽が伸びやすくなります。
この、生長点が脇芽の生長を抑える働きを、頂芽優勢(ちょうがゆうせい)といいます。
挿し木(さしき)の切り口から根が出る現象にも、オーキシンが深く関わっています。
サイトカイニン
サイトカイニンは、主に根の先端付近などでつくられ、導管などを通して地上部へ運ばれます。
ただし、根だけでなく、若い葉・芽・種・実などでもつくられます。
主な働き
- 細胞分裂を促す
- 芽や脇芽の生長を促す
- 葉の老化を遅らせる
- 葉や茎の生長を調節する
- 養分を必要な場所へ集める働きに関わる
サイトカイニンは、オーキシンと影響し合いながら、根や芽がつくられる方向を調節します。
一般に、組織内でオーキシンの影響が強いと根が形成されやすくなり、サイトカイニンの影響が強い場合は芽の形成が進みやすくなります。どちらか一方だけで決まるのではなく、両者の量や働きのバランスが重要です。
栽培との関係
根が健康に育つと、根でつくられたサイトカイニンが地上部へ届き、葉や芽の生長を支えます。
根の環境が悪くなると、地上部の生長や葉の若さにも影響が現れることがあります。
根を育てることは、地上部を育てることでもあるのです。
ジベレリン
ジベレリンは、若い葉・芽・根・発芽中の種・発達中の実など、さまざまな場所でつくられます。
主な働き
- 種の休眠を破り、発芽を促す
- 茎や花茎を伸ばす
- 葉や実の生長を促す
- 花芽形成や開花に関わる
- 実の肥大や種なし果実の形成に関わる
種が水を吸うと、胚でジベレリンの働きが高まり、胚乳(はいにゅう)などに蓄えられた養分を分解する酵素がつくられます。
分解された養分は、胚根(はいこん)や幼芽(ようが)が伸び始めるために使われ、発芽を支えるエネルギーや材料となります。
栽培との関係
ジベレリンの作用が強いと、茎や花茎が長く伸びることがあります。
ダイコン・ハクサイ・ホウレンソウなどでは、低温や日長などの条件とホルモンの働きが重なり、とう立ちが進みます。
ただし、「ジベレリンは必ず花を減らす」「糖度を下げる」とは限りません。
植物の種類、濃度、処理する時期によって、開花・結実・成熟への影響は異なります。
エチレン
エチレンは、気体として働く植物ホルモンです。根・茎・葉・花・実・種など、植物のさまざまな部分でつくられます。
主な働き
- 果実の成熟を促す
- 葉や花、実が落ちる働きに関わる
- 植物の老化を促す
- 傷・乾燥・冠水・接触などのストレスに反応する
- 根や茎の伸び方、太さ、向きを調節する
- 病原菌や害虫への防御反応に関わる
トマトやバナナなど一部の果実では、成熟が始まるとエチレンの生成が増え、呼吸も活発になります。
それに伴って、果実の色づき、香り、柔らかさなどが変化していきます。
一方で、エチレンは成熟だけに働くものではなく、傷や冠水、接触などを受けたときの反応にも深く関わっています。
栽培との関係
熟した果実や傷んだ果実から出るエチレンによって、近くの果実の成熟が早まることがあります。
一方、エチレンを「病害虫を防ぐホルモン」とだけ捉えるのは適切ではありません。
防御反応に関わる場合もありますが、過剰なストレスでは葉の黄化や落葉、花落ちなどを促すこともあります。
アブシシン酸
アブシシン酸(ABA)は、植物が乾燥などの環境変化に対応し、生命を守るために重要な植物ホルモンです。
主な働き
- 乾燥時に気孔を閉じる
- 水分の損失を抑える
- 種や芽の休眠を保つ
- 種の成熟を助ける
- 乾燥・塩類・低温などのストレスへの対応に関わる
- 生長を一時的に抑える
土が乾燥すると、根や葉でアブシシン酸の働きが高まり、気孔が閉じやすくなります。
これによって葉から失われる水分を抑えられますが、二酸化炭素も取り込みにくくなるため、光合成は低下します。
生長を一時的に抑えて水分を守る、植物にとって大切な防御の仕組みです。
栽培との関係
乾燥時に葉がしおれ、生長が止まるのは、単に水が足りないだけではありません。
植物がアブシシン酸などを使い、水分を守る方向へ身体の働きを切り替えているためでもあります。
適度な乾燥への反応は植物を守りますが、乾燥が長く続くと光合成と生長が低下します。
フロリゲン
フロリゲンは、花をつくる時期を伝える花成(かせい)シグナルです。
一般的な植物ホルモンとは少し性質が異なり、現在では主にFTと呼ばれるタンパク質が、その中心的な役割を担うと考えられています。
主な働き
- 葉で日長などの季節情報を受け取る
- 葉から茎の生長点へ花成の情報を伝える
- 茎の生長点を、葉や茎をつくる状態から花をつくる状態へ切り替える
植物は、主に葉で昼と夜の長さを感じ取ります。花を咲かせる条件が整うと、葉でつくられたフロリゲンが師管を通って茎の生長点へ運ばれます。
その情報を受け取った生長点では、花芽形成に関わる遺伝子が働き始め、葉や茎をつくる状態から花をつくる状態へと変化していきます。
栽培との関係
ホウレンソウやダイコンなどでは、日長や温度などの条件が整うことで花芽形成が進み、とう立ちにつながります。
ただし、花芽形成はフロリゲンだけで決まるわけではありません。温度・日長・植物の大きさ・栄養状態なども関係します。
植物ホルモンは互いに影響し合う
植物ホルモンは、それぞれが独立して働いているわけではありません。
例えば、「オーキシンとサイトカイニンが、根と芽の形成を調節する・ジベレリンとアブシシン酸が、発芽と休眠のバランスを調節する・オーキシンとエチレンが、根の伸び方や落葉などに関わる・複数のホルモンが、花や実の生長、成熟を調節する」といった関係があります。
そのため、オーキシンが多ければ必ず根が増える・窒素が多ければ特定のホルモンだけが増える・一つのホルモンを増やせば野菜が元気になると単純に考えることはできません。
大切なのは、植物自身が環境に合わせてホルモンの量や分布を調節できる状態を整えることです。
人が手を入れると、ホルモンの流れも変わる
摘心・摘芽・剪定・誘引・水やり・施肥などの栽培作業は、植物の形を直接変えるだけではありません。
植物ホルモンの量や移動、糖や養分の配分にも影響します。
摘芯(てきしん)
茎の生長点を取り除くことで、オーキシンによる脇芽の抑制が弱まり、脇芽が伸びやすくなります。
挿し木(さしき)
切り口付近にオーキシンが集まり、不定根(ふていこん)の形成が促されます。
乾燥
アブシシン酸の働きによって気孔が閉じ、水分の損失を抑えます。
果実の成熟
エチレンの働きによって、一部の果実では色・香り・柔らかさが変化します。
とう立ち
温度や日長を感じた植物では、フロリゲンやジベレリンなどが関わり、花芽形成や花茎の伸長が進みます。
栽培とは、人が野菜を思いどおりに動かすことではありません。植物が持つ仕組みを理解し、その働きを邪魔しないように環境を整えることが大切です。
植物ホルモンは、野菜を無理に動かすためのスイッチではありません。
野菜が光・水・温度・重力・傷・季節などを感じ取り、自らの生長を調節するための仕組みです。
私たちの役割は、植物ホルモンを直接操作することよりも、野菜が自ら調節できる環境を整えることなのです。


